ミャンマー孤児院設立

ミャンマーに架けられた友情の橋

数年前、あるお檀家さんから、亡くなられたご主人の愛蔵品であるビルマの竪琴が寄贈されました。ご主人は戦後ビルマで南洋真珠の養殖のお仕事をしておられました。その竪琴はかなり古びていて弦も何本か切れており、とても弾ける状態ではありませんでしたが、せっかくのお気持ちをありがたく思い、床の間に飾っておきました。ある時食事に行った店にミャンマーの女性が働いておられ、その竪琴の話をすると、千葉大学にミャンマーから留学している学生さんが竪琴を弾けるのでご紹介しましょう、と言っていただきました。ほどなくしてチー・トゥ・シェインと名乗る青年がやってきてその古い竪琴を見てくれました。現代の楽器とは違い、弦の張り方も旧式なので自分には直せないが、と丁寧に断ってから、ミャンマーのことを熱く語り始めました。
シェインさんは首都ヤンゴンから車で6時間ほどのところにあるミャウンミャという町の出身で、その町にはパラヒタという名前の孤児院があること、今年から急に政府からの米や資金の援助がなくなり、孤児たちの教育費生活費に困っていること、ご自分の父上がその孤児院の理事の一人であり、孤児や貧しい家の子供たちの教育に熱心に取り組んでおられることなど、住職は話を聞くうちにいてもたってもいられない気持ちになりました。早速彼岸会の清興にシェインさんを招き、ビルマの竪琴の演奏を檀信徒の前でしていただくことにし、そのときに孤児院への寄付を募ることにしました。檀信徒からは暖かい寄付が寄せられ、今年8月に思い切って孤児院を訪ねてきました。
住職は52歳のこれまで外国に出たのは15年前身内の結婚式に出席するためにアメリカに行っただけで、外国語もおぼつかないのですが、熱心な仏教国であるミャンマーの人々は大変暖かく接してくれました。とりわけシェインさんのご家族からは親戚のようなもてなしを受けました。
パラヒタ孤児院には現在58人の男の子が生活しています。理事の方たちや先生方は大変熱心に運営に携わり、成績の優秀な子供は高校や専門学校に進むこともできます。住職個人からは文房具を寄付し、家内の幸子は折紙やオセロやジェンガを日本から携えていきました。わけても紙飛行機の折り方の本は子供たちに喜ばれ、先生方には真顔で「図形の勉強に役立つ」と説明して、試験期間中の子供たちと必要以上に熱心に学習してしまいました。

ミャンマーの寺院前にて

ミャンマーの寺院前にて

孤児院の授業風景

孤児院の授業風景

ミャンマーの孤児院の子どもたち

ミャンマー孤児院の子供たち

住職から孤児院の子どもたちに学用品を贈呈

住職から学用品を贈呈

春慶寺ブランドろうそく

寄付金の13万円は、かの国では日本人の想像を超えた大変な金額と受け取られました。一人の孤児が一年間に必要とする生活費教育費は日本円でおよそ1万円です。理事の方や先生方と話し合いを持ち、この寄付金でろうそくを作る機械を購入して、そのろうそくを町の商店に卸し、利益を子供たちの教育資金にすることが決まりました。ラベルはシェインさんが、春慶寺の普賢菩薩の乗り物である白い象と白い蓮の花をデザインしてくれ、販売が始まって間もないのですが、既に少しづつ利益が上がるようになってきました。

春慶寺ブランドろうそくのラベル

ろうそくのラベル

今後のミャンマーでの活動

パラヒタ孤児院は町はずれにあり、その存在を知らない人も多くいるとのこと、そこで地元との交流を深くして多くの人の理解と支援を得るために、この2月に「運動会」を計画しています。88年の政変後、大勢の人が集まることは禁止されていますので、現在様々な有力者の理解を得るために奔走しています。将来は子供たちのサッカーの交流試合や隣接する老人ホームとの交流も計画しています。34エーカーの緑に包まれた広大な敷地に58人の男の子が生活していますが、ここに女の子はいません。理事や先生に伺っても、女の子の孤児についての情報は無きに等しいものでした。このパラヒタ孤児院の運営を軌道に乗せることができたら、なんとしても女の子の孤児院を作りたいと願っています。

ビルマの竪琴

ビルマの竪琴

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見返りの白象さま


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