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春慶寺住職のお話し    
春慶寺住職
春慶寺住職 齋藤堯圓
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住職のお話し-2008年
春慶寺住職のお話し

明けましておめでとうございます          2007年1月

 皆様明けましておめでとうございます。新しい一年が始まりました。昔の正月と違い、改まったことをするお家が減りましたが、「明けましておめでとうございます」という挨拶の声はいいものです。年頭に当たり、家族と挨拶をするということをお話しましょう。「おはよう」「ありがとう」「おやすみなさい」「行ってまいります」「ただいま」「いただきます」「ごちそうさま」、家庭にはありふれた挨拶ですね。どの国の言葉にも挨拶はありましょうが、「いただきます」「ごちそうさま」の挨拶がある国は少ないようです。外国の人も混じった席で食事をしたとき、自然に「いただきます」と声を出しましたら、「今のは何?」ときかれました。改めて考えたこともありませんでしたが、「この食事をこうして食べられることへの感謝、作ってくれた人への感謝、食材を与えてくれた人への感謝、食材として自分の命を私の食べ物として捧げてくれた物への感謝、そしてさらにこのようにお計らいくださった畏れ多い存在への感謝、こんな気持ちのこもった言葉です。」と説明しました。今手元の和英辞書を引いてみましたが、「いただきます」も「ごちそうさま」も載っていません。「今のは何?」と聞いた英国人は、私のつたない説明を聞いてその時早速まねてくれ、「英語にもこんなすばらしい挨拶があればよかったのに」と言ってくれました。
 いまどきの子供は・・・と言われることが多くあります。返事をしない、挨拶をしない、人の話が聞けない、などなど。大人の皆さん、わが身を振り返ってみましょう。いまどきの大人は大丈夫なのでしょうか。よい社会を作るためにはよい子供を育てなければならないわけで、よい子供はよい大人を見て育つのではないでしょうか。
 斯くいう我が家、結婚十五年を経て今なお熱き戦いを繰り広げる夫婦と、反抗期の門をくぐった13歳の子供であります。食卓が険悪な雰囲気になることしばしばではありますが、「おはよう」から始まり三度三度の「いただきす」「ごちそうさま」、そして「おやすみ」に至るまで、多少の仏頂面を伴いつつも三人とも声を出して挨拶を続けることで、平和への糸口を探っております。
 できうれば笑顔を伴う挨拶のある家庭で子供は育ってほしいものです。世界の平和は家庭の平和からです。家庭の笑顔はいずれ世界を満たすことができるはずです。今年はこんな話を心にとめていただき、笑顔を伴う挨拶を、まずは夫婦、親子、友人や隣人へと家庭から世界へ向けてみましょう。
 仏教の教えに無財の七施というものがあります。その中の「和顔悦色施」(わがんえつじきせ)、「言辞施」(げんじせ)と言う言葉は、愛のあふれる笑顔で、愛の心のこもった言葉をはくことによって、たとえ一銭の金が無くとも、体は動かなくとも世界を平和にすることができるということを説いているのです。街ですれ違う多くの人が険しい顔をして通り過ぎます。縁あってこのホームページを開いてくださった皆様、「笑う門には福来る」とも申しますので、ひとまずにっこり微笑んでみてください。そしてそのままの笑顔を家族に、世界に向けましょう。
春慶寺住職のお話し

春はもう、そこまで来ています          2007年2月

 寒い日が続きます。「春は名のみ」とはよく言ったもので、本当に寒いのは立春を過ぎてからのようです。さて、そうは申せ、日脚はずいぶんと伸びて梅をはじめ早春を彩る花がよい香りを漂わせています。
 今年の春の彼岸法要は、3月20日(日)いつもより30分繰り上げて10時30分からはじめます。お塔婆のお読み上げの数が多いためです。詳しくは年中行事案内をご覧ください。今年もまた大勢の皆さんのご参加を楽しみにお待ちしています。
 2月26日(土)午後2時30分から、江東区文化センターで、日蓮宗東京東部公開講演会が開催されました。参議院議員の蓮舫氏、日本ガーディアンエンジェルス理事長の小田啓二氏、テレビレポーターの所 太郎氏、そして日蓮宗妙久寺住職金山見学師により―『子供たちが今抱える心の闇』―と題したパネルディスカッションが行われました。
 『心の闇』という言葉が、ある事件をきっかけによく使われています。護国寺で起きた俗に『お受験殺人』といわれた事件であったと記憶しています。私も教誨師や保護司の役目柄、どうしてもこの言葉に直面することを避けて通れません。しかし、今も昔も誰だって心に闇ぐらい抱えているはずです。それなのに許しがたい罪を犯した原因を、『心の闇』という絵空事のような言葉で片付けてしまうことに強い抵抗を覚えます。『心の闇』を犯罪への免責符にしてはなりません。法華経の精神は闇を照らす光です。この世の隅々にまで、光よ届けと祈らずにはおられません。
 東京東部日蓮宗青年会では、清澄山への少年少女修養遠足会を計画しています。3月28日(月)、午前7時30分 JR錦糸町南口駅前広場集合、全行程貸し切りバスを使用します。解散は午後6時の予定。参加費5000円。小学生40名、中高生20名を募集しています。申込書は当山にありますのでお問い合わせください。
 1月にミャンマーを再訪し孤児院近隣の小学校も訪れました。日本のお坊さんが来るというので、村を挙げての大歓迎を受けました。子供たちの歌や踊りを見せていただき、お昼ごはんをいただきました。村人たちの普段の食生活を知る身としては、あまりのご馳走に、涙が出る思いでした。PCでミャンマー、孤児院と検索しますと、実に多くのHPが出てきました。大小さまざまが組織や個人が、できる限りの支援をしています。私たちも、ゆっくり少しづつ、続けていきましょう。夏にまたミャウンミャのパラヒタ孤児院を訪ねる予定です。そのときに英語の絵本と天体望遠鏡と顕微鏡を持っていきたいと思っています。電気の来ていないところが多くありますし、停電も始終です。天体観測には大変よい条件が整っています。また、磁石や定規、コンパスや分度器なども考えています。皆さんの中で、不要な絵本や望遠鏡、顕微鏡をお持ちの方、ご寄付いただけませんでしょうか。おかげさまで玄関の白象貯金箱には、皆様の暖かいお気持ちがまたたくさん貯まってきました。これまで、約30万円近くを春慶寺基金としてお送りすることができました。今後も引き続き、ご支援をお願い申し上げます。
春慶寺住職のお話し

桜の花びらに憶いをよせて             2007年3月

 こんなにも開花を待たれる花がほかにあるのでしょうか。桜の国に生まれてよかったと、毎年この季節ありがたいような、もったいないような気持ちになります。しかし、咲いたかと思えば早くもはらはらと散り始める、まことに人の一生を思わざるを得ません。葉桜青葉のときも、紅葉枯葉のときも、裸木冬芽のときも、枝を見上げては満開のこのときを思い描きます。数えて53回目の花を見上げ、あといく度このような幸せを数えうるのかと、人の死と常に身近に接する職業ならではの感慨にふけります。
 私がまだ小僧として働いていたころ、近所の銭湯でよくいっしょになった友人の息子が、つい先日あたら若い命を絶ちました。私の若いころの症状によく似た精神的な病が元でした。自分はその時に法華経に出会い、命を救っていただいたというのに、ご家族の様子から異変を察知することもできず、このような結果を報告され、何一つ役に立たなかった私が葬儀の導師を頼まれました。せめて精一杯の読経で、散り頻る桜吹雪とともに送ったのです。
 さて、4月8日は、潅仏会(かんぶつえ)、はなまつりです。当山でも毎年、一階駐車場入口に大きな白象と桜の造花を出し、道行く人々に甘茶をご接待しています。お釈迦様がご誕生の折、天から甘露の雨と花が降ったと、経文に記されています。われわれ衆生に、真の人の道を教えにこの世に降りてきてくださったお釈迦様のご誕生を、心から祝ってくださる人々の笑顔にもまた、甘露の雨よ降れと祈ります。

春慶寺住職のお話し

水の五則 ミャンマーへ行って参ります      2007年4月

 地球は水の星といわれます。この星に生きるすべてのものは水無しでは生命を維持できません。毎年元旦午前零時に世界平和と檀信徒の安寧を願って水をかぶっていますが、あの冷たい水に打たれるたび「水の五則」を思います。
水の五則
・ 自ら活動して他を動かしむるは水なり 。
・ 常におのれの進路を求めて止まざるは水なり。
・ 障害にあっても激しくその力を蓄えるは水なり。
・ 自ら清くして他の汚れを洗い清濁併せ居るるは水なり。
・ 洋々として大きな海を満たし発しては霧となり雨雪と変じて霞となり氷っては明瞭なる鏡となりしかもその性を失わざるは水なり。
 この水の姿を手本に、ひたぶるに法華経流布に精進して参りたいと、思いを深めております。
 ミャンマーのパラヒタ孤児院のその後をご報告します。様々な憶測と共に報じられておりますように、現在ミャンマーでは首都をヤンゴンからピンマナーに移転しております。このことに関係するかは不明ですが、外国からの様々なボランティア活動の多くが停止されているとの事で、日本からの多くの民間団体も困惑しています。私たちは今年一月に訪問した際、パラヒタの子供たちに修学旅行を約束してきましたので、十二月の休みに実現すべく準備を進めてきました。ところがすべての準備が整った十二月はじめ、急に管区の長がこの旅行を許可しないと言ってきて大変あわてました。シェインさんの父上が粘り強く交渉してくださったお陰で、ようやく許可が下りましたが、「外国人の同行は許さない」という条件がつきました。春慶寺檀信徒皆さんの善意の寄付金で実現する事なのになぜ、という思いはありますが、郷に入っては郷に従え、長いものには巻かれろという教訓を胸に、二十三日から二十九日まで、今回は家内一人でせめて遠くから見守るために、ミャンマーに行って参ります。ただし教育省は大変協力的で、二人の女性教師と看護士の同行を手配して下さっています。何はともあれ子供たちにとって実りある修学旅行となり、勉学の意欲をさらに向上できるような内容となるよう願うものであります。
 帰って参りましたら、また様子をご紹介します。
春慶寺住職のお話し

今年もすでに6月 来月はお盆の季節となります   2007年6月

 お仏壇や神棚があるお宅は、どれくらいの割合でしょうか。家の中に手を合わせる場があるのと無いのと、人の暮らしはずいぶん違うように思えます。特に子供にとって、生命の意味を学ぶためにも、善悪の基準を知る上でも、手を合わせることは大切だと思います。『神様、仏様が見ていらっしゃる』と育てられた子供は、つらい時には『守られている』と安堵と自信を得、悪いことをしようとするときには、『そんなことをすると罰が当たる』と思いとどまる力を得ます。自分のいのちが、亡くなった多くの先祖のおかげで存在することを無意識のうちに悟り、他のいのちもまたそうであることを知るのです。家族や友に不幸な出来事が起きたとき、『どうか救ってあげてください』と一心に祈る気持ちもまた自然にわいてくるものでしょう。『祈る』とは、なんと美しい行いでしょう。
 早、来月はお盆です。私は昭和27年、青森の生まれですが、私が子供のころお盆は家にとって正月に次いで大切な行事でありました。13日の夕方には早くから風呂に入れてもらい、仕立て下ろしの浴衣を着せられて、迎え火を待ちました。仏壇はいつもとまったく様子が違い、笹竹に縄を渡して、季節の初生りの野菜やほおずきが美しく飾られていました。薄暗くなると、家族みなで門口に出て、きゅうりの馬茄子の牛を置いて火を焚きます。向こうを見ると隣もその隣もみな火を焚いていて、昼間泥だらけになって一緒に遊んだ友達がやはり真新しい浴衣を着せられて、少し緊張した顔でこちらをちらちら見ています。火が燃え尽きると、『今ご先祖様がみなこの背中にお乗りになったから斜めにしないように』と、牛馬を持って家の精霊棚まで運ぶ役目を初めて任されたときの誇らしさを、今も忘れません。精霊棚にお着きになると、母はすぐにお茶を入れて、あたかもお客様が見えたときのようにもてなしました。茄子ときゅうりを刻んだ水の実にミソハギの花を束ねたもので水をチョンチョンとかけるのが面白くて、お盆の間、日に何度も精霊棚の前に座って手を合わせたものです。14日15日と、三度三度の食事にはご先祖に精進のご馳走が用意され、生きている私たちもお相伴しました。親戚や近所の人が始終線香をあげに来ていて、ずっと昔に亡くなった先祖のだれかれの話をするのを耳にして育つうち、死者は私にとって身近なものになっていきました。送り火の晩は特別子供も遅くまで起きていることを許され、経験したことの無い暗さの中に、赤々と送り火が焚かれてご先祖を見送ると、あとは夢の中、翌朝目を覚ませば座敷や仏壇はいつものとおりに戻っていたのが不思議でした。
 今はあのころに比べると時間の流れがずいぶん早くなった様に思えます。あんなふうにお盆をすごすお家は少なくなりましたが、それぞれの家庭の状況に合わせて、やりやすい形にして結構です。無きご先祖を身近に迎えるという、ゆかしい心持は先の世代にぜひ伝えていきましょう。
春慶寺住職のお話し

モンゴル仏教寺院へ訪問してまいりました     2007年9月

 8月はじめに3泊6日でモンゴルに行ってまいりました。今大きく変わりつつある彼の国の宗教と葬儀の事情を学んでまいりました。国民の大半はラマ教を信仰していますが、近年主に韓国からキリスト教が入ってきており、特に首都のウランバートルでは、生活様式が大きく変化しています。
 日本から技術協力を得てモンゴル初の火葬場も始まり、日本の葬儀社から寄贈された宮型霊柩車が富裕層で大変な人気だそうです。
 ラマ教の寺院を訪ねた中で、独自に仏教の経典を学び法華経にお釈迦様の真意を見出して、日本で法華経を広められた日蓮聖人に心酔するラマ僧に出会いました。彼は長年日本から日蓮宗の僧侶がやってくるのを待ち焦がれていたとおっしゃるのです。彼が熱心に繰り返す「サダルマプンダリーカスートラ」(妙法蓮華)という言葉を通訳が訳せなかったのですが、何度か聞くうちに私が理解し、深く心を通わせることができました。
 遠く離れた国でただ一人、日夜日蓮聖人を想い世界平和を祈って法華経を読誦する彼に、日蓮聖人のご肖像と大曼荼羅本尊、日本で使っている経典を贈る約束をして別れました。法華経に感動して出家を志した我が若き日を思いだし、帰国した日の朝勤では、恵まれた環境で多くの檀信徒の皆様に支えられてお経をあげられる身の幸せをかみしめ、更なる精進を誓いました。
 
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