早足の春、花まつり

| コメント(0) | トラックバック(0)

 春の足音の速いこと。去年は確か入学image.jpeg式の

頃桜が咲いていたように思います。

 今年は卒業式の頃には既に散り初めていましたね。さて今年も花まつりがやってきました。いつもご近所の綿貫生花店さんからたくさんのお花を御奉納いただき、女性陣総出で白象さんの周りを飾ります。今年もきれいに出来上がりました。

 道行く人にお声をかけてお釈迦様御誕生の

お姿に甘茶をかけていただき、召し上がってもいただきます。『あら懐かしい』とおっしゃる方、『生まれて初めてです』とおっしゃる方、みなさまちょっと腰を掛けて甘茶と住職とのおしゃべりを楽しんでくださいました。

 午後3時ころまでお給仕して、片づけながら残ったお花をお配りしました。白象さんの周りはオアシスを使って小さなアレンジメントを寄せて飾りましたので、そのままひとつづつ袋に入れて差し上げましたところ、みなさま大喜びして下さいました。

 残った甘茶は、寒天でかためて、明日のおやつです。あんこを煮たのが冷凍してありますから、あんみつにしましょうか。それとも塩茹でのえんどう豆を買って『豆カン』と洒落ましょうか。葛餅をいただいたときの黒蜜も大事に冷蔵庫に眠っていますから。

 相変わらず『花より団子』です。

 

納骨堂の春慶寺/東京スカイツリー前  〒130-0002 東京都墨田区業平2-14-9

tel.03-3621-1338 mail : oshiage@syunkeiji.jp  http://www.syunkeiji.jp/

春のお彼岸

| コメント(0) | トラックバック(0)

 

今年はあれよあれよという間にお彼岸のうちに、桜がフライング気味に咲いてしまいました。あたたかな彼岸会法要でした。住職の読経、法話をありがたく伺った後、鼓、太鼓、笛の演奏を聴くことが出来ました。鼓は以前もお願いしました川島佑介さん、笛は福原徹彦さんです。日本の楽器を聴く機会がどんどん少なくなってきていますね。演奏する機会となると、もう絶滅危惧種に近いかと思います。興味のある方、小さいお子さん、チョット体験的にでもやってみたい方、水曜日に『邦楽教室』をやってみようかと思っています。今私が数人お琴の手ほどきをしています。三絃もお教えできますのでお好きな方是非ご参加ください。また鼓、太鼓をなさりたい方がおられましたら、川島先生がお引き受け下さいます。Let's enjoy!!!

 

DSC09309.JPG 

 

 

 

納骨堂の春慶寺/東京スカイツリー前  〒130-0002 東京都墨田区業平2-14-9

tel.03-3621-1338 mail : oshiage@syunkeiji.jp  http://www.syunkeiji.jp/

 

蕎麦打ち

| コメント(0) | トラックバック(0)

130207_125354.JPGDSC09105.JPG2月7日、春慶寺お食事会特別企画、蕎麦打ちに挑戦。墨田区のちょっと風変わりなお蕎麦屋さん兼コーヒー屋さん『天真庵』の旦那を師匠に迎え、皆で粉まみれになって手打ち蕎麦を体験しました。当山が会員になっております茨城アイガモ水田トラストお肝煎りの蕎麦粉、アイガモ肉、マナ農園様の泥つきお野菜の数々を使って、鴨南蛮(つけ)野菜天ぷら付手打ち蕎麦の完成です。前日は住職61歳の誕生日を祝して毎年恒例両親が青森から真鱈を送って下さいましたので菊子の煮つけも特別に。こんなに食べられるのかというほど大量のお蕎麦をいただきました。夜になってもおなかはすきません。全員初体験でしたが、どうやら蕎麦になりました。中には饂飩並、ほうとう並の太さも交じってはおりましたが御愛嬌です。

節分、立春

| コメント(0) | トラックバック(0)

25年節分2.JPG 妙に温かくなった節分立春です。桜が咲いてもおかしくないほどの暖かさでしたね。とはいえ、まだまだ2月、天気予報によれば近々また雪が降るとか。

 私の実家では大晦日もですが節分の晩も年越蕎麦をいただきます。旧暦でいえば立春は正月ですから。結婚して24回目の節分、『それでは一年に二回年を取るという事ですか?』『いいの、そんな細かいことをいちいち気にしなくても、お蕎麦伸びちゃいますから早くいただきましょう』というやり取りを繰り返して参りましたが、今年初めて豆まきが終わった後『さ、蕎麦だ』という発言を耳にしました。かれこれ四半世紀も繰り返せば習慣になるものなのですねえ。

 うちの愛犬は豆まきが大好きです。私達も一応拾って(年の数は大変ですが)食べますが、愛犬も何やら嬉しそうに駆け回って、豆を見つけては食べるのです。

 

平成25年新春

| コメント(0) | トラックバック(0)

平成25年の新春祈願会が無事に済みました。多くの方がお参りくださり、普賢堂が毎日満員でした。暮れに三が日のスタッフの数を考えると少し足りないところへ、住職の青森の両親に急な用が出来て娘の海晴が帰省しましたので、さあ、どうなる春慶寺!!。でも、そこが春慶寺の春慶寺たるところですねえ。元旦から働きたい、とご近所の竹内さんが申し出て下さり、さらに、アメリカからの留学生Melvin君も手伝って下さるといい、さらにさらにお檀家の小橋玲子さんも手伝いに駆けつけて下さり、さらにさらにさらにご信者の鼓奏者川島洋典氏も何でも手伝いますよ、何とありがたい事でしょう。正月2.JPG

という事で祈願会の写真はとれませんでしたが、終わった後3時頃からの昼食風景です。その後なんと川島氏が正装で鼓を打って下さり、ついのせられて私もお琴を弾いてしまいました。心に残る正月三が日でした。多くの皆様に感謝感謝です。

photo.JPGIMG_9071.JPG

あっという間の一年

| コメント(0) | トラックバック(0)

image (1).JPGのサムネール画像のサムネール画像ついこの間「明けまして」とご挨拶したのですが、もう「よいお年を」をと申しています。去年正月を迎える準備の様子をブログに書きましたが、今年ももうオオワラワです。そんな中、昨夜の食事中の風景写真をご覧ください。住職は眉毛がとても特徴的です。少し興奮すると全部逆立ってしまいます。よく睫毛にマッチ棒が乗るという方がおられますが、住職は何と眉毛に竹串が乗りました。忙中閑、といったところです。

今年住職はモンゴル、ミャンマーを訪れ新しい出会いもたくさんありました。モンゴルでは法華経のモンゴル文字出版が完成し、盛大な贈呈式に臨みました。

今大きく変化しているミャンマーでは、新しく少年院を訪ねました。今のところは国民の大半が仏教徒ではありますが、国が門を開くと同時に様々な宗教や外国文化が入ってきて、信仰までもが変化してしまう事がありますのでその事を心配しています。もうすでにヤンゴンでは、若い人たちはみな洋服を着ていますし、ついこの間までほとんどの人が顔に『タナカ』という木をすりおろした薄クリーム色の物を塗っていましたが、今や街中で目にすることは少なくなってしまいました。image.JPG

丁度明治維新後の日本のようだと住職は申します。しかしながらあの時の日本と大きく違うのは圧倒的な情報量の多さです。相当辺鄙な農村にもテレビラジオはあり、ちょっとした会社や裕福な家庭にはパソコンがあり、街中では携帯を手にする人も大変な勢いで増えています。世界中の情報が居ながらにして手に入るわけです。政策が変化するよりも、人心の変化の方が桁違いに速い事でしょう。

私達が初めてミャンマーを訪ねたのはたった8年前ですが、空港を一歩出た所で別の国に着いたかのような錯覚を起こしました。これからは貧富の格差がますます大きくなると思います。社会的に弱い立場の子供たちに継続的な支援を続けて参りますので、引き続きご協力をお願いいたします。合掌

| コメント(0) | トラックバック(0)

 春慶寺に伝わる普賢大菩薩像は、百済の聖明王が霊夢を見られ自ら模したとのいわれがあります。大覚大僧正に託されて日本に着き、聖徳太子に手渡され、その後幾多の方の手を経て現在この春慶寺に安置されています。慶長、元和、寛永期の後水尾天皇の第八皇女光子(てるこ)内親王が自ら彩色をされたとの記述も縁起に残っています。

 この度京都に出かける用ができ、少し時間に余裕がありましたので宮内庁にご許可を頂き、光子様に念願のお墓参りをさせていただきました。父帝亡き後大覚寺で修行、天竜寺で剃髪され、現在修学院離宮の中にある林丘寺の開山となられましたので墓所は林丘寺にほど近い所にありますが、車一台がやっと通れるほどの細い道を通ってようやくたどり着きました。

 光子様は養母の中宮徳川和子(東福門院)の影響も受けて芸術方面に秀でた才能を発揮され、若き日々はご両親や異母兄弟姉妹とのサロンのような趣のある交流も盛んになされました。出家後は読経写経のほか千枚にも及ぶ観音像を描き、また三千体にも及ぶ樒葉観音像を創られ、多くの檀家や寺社がそれを求めたのだそうです。また多くの捨て子を養育したとの記述も残ります。生涯を独身で通され六代にわたる天皇の御世を94歳のご長寿を全うされた光子様の身に思いをはせ、心をこめて御供養させて頂きました。

 

納骨堂の春慶寺/東京スカイツリー前  〒130-0002 東京都墨田区業平2-14-9

tel.03-3621-1338 mail : oshiage@syunkeiji.jp  http://www.syunkeiji.jp/

 

十五夜

| コメント(0) | トラックバック(0)

 今日は十五夜、あいにく台風が来ていますがお飾りはいたしましょう。私にしては珍しく準備万端整っています。あとはお供えするばかり、あ、栗を茹でていませんでした。あれ、お花が届いていない。あ、そうだ、お豆腐を買っていなかった。あ、お団子だ。やはり私は私です。直前にドタバタは雲隠れの望月に免じて許していただきましょう。

 私の育った家は農家でしたから季節の行事はわりに大事にしておりました。十五夜をお祝いしたら必ず十三夜も、『片祝いはするもんじゃねえ』というのが祖母の口癖でした。ススキの穂を毎年決まった大振りの徳利に活け、家で採れた季節の果物や芋、栗などをお供えし、口切のお酒も、これは月が昇れば父が『そろそろお下がり』と楽しみにしていました、そしてお豆腐を一丁。団子は作らなくても必ずお豆腐はお供えします。

 これまでいろいろな方に聞きましたが、皆さんに怪訝な顔をされます。読者の方の中で、『そうそう十五夜にはお豆腐を供えるよね』という方、おられませんか。こういうのって伝言ゲームみたいですね。どの代かの主婦がお供えしたんでしょうね。十五夜には決まってけんちん汁を作りますから、もしかしたらお豆腐買い過ぎちゃってお供えしたのかもしれませんね。その次の代にお嫁に来た人はなんたって嫁ですから、おかしいなと思いながらも姑のするとおりにお豆腐を供える。次の嫁もその次の嫁も。母もやっていました。うちからよそにお嫁に行った人たちはお姑さんがお供えするのを見て『あれっ?お団子??お豆腐じゃないの???』とびっくりしながら訂正したことでしょう。住職の両親は青森におりますので、こういう事は私のやり方でずっと来てしまいました。従いまして、お十五夜にはお豆腐、です。そしてたっぷりのけんちん汁。アッ、里芋買っていなかった。

 

納骨堂の春慶寺/東京スカイツリー前  〒130-0002 東京都墨田区業平2-14-9

tel.03-3621-1338 mail : oshiage@syunkeiji.jp  http://www.syunkeiji.jp/

 

空を見る

| コメント(0) | トラックバック(0)

いやはや、いつまでも暑いですねえ。しかし、風が違ってきたような。
今私の一番の関心事、いや、ほかにも気にしていることはたくさんありますが、
オリオン座のベテルギウスがいつ超新星爆発を起こすか、です。
今年は天文観測おもしろい事が沢山ありましたよね。
金環食も見、金星の太陽面通過も見、この間の三日月に金星が涙の様に
かかるは見そこないましたが、あとは、ベテルギウスです!

光より速いものはない、という事にやはりなったようですが、
超新星爆発の前に、ニュートリノが沢山放出されて、
それが先に地球に届くので、カミオカンデで『もうすぐだぞ!』という事がわかるそうです。
640光年というのが遠いのか近いのか、その近さ(?)で爆発があった時、
どんな明るさなのか、地球はどうなるのか、生物は無事なのか。

ネット上では色々な意見が出ていますが、結局、爆発してみないと分からない。
夜遅くに洗濯物などしまい忘れていてベランダに出たときなど、
今かも知れないなあ、とちょっとドキドキしながら夜空を見ています。
今地球の上で同じ夜空をドキドキしながら観測している人たちがいっぱいいる、
というのも愉快です。

それにしても最近空を見ていないなあ、と気づきました。
20年ほど前ピナツボ火山爆発の影響で毎日夕焼けがきれいでした。
夕方風に当てに子供を外に抱っこして連れ出すと、
毎日真っ赤な空を見上げて「わぁァ~」と歓声を上げたものです。

空、見ていますか? 

納骨堂の春慶寺/東京スカイツリー前  〒130-0002 東京都墨田区業平2-14-9

tel.03-3621-1338 mail : oshiage@syunkeiji.jp  http://www.syunkeiji.jp/

 

七月お盆を終えて

| コメント(0) | トラックバック(0)

DSC08095-2.jpg お盆が無事に済みました。皆さんのお宅も、ご先祖さまをお迎えする準備、仏様にお供えするお食事など色々に工夫をされて16日にお送りするまで大変だったことと存じます。この春慶寺でも、歴代上人のみたまをお迎えする準備をして、13日には迎え火を焚きます。毎年思うことですが、ここには納骨堂「えにしの苑」がありますので、13日にここからお帰りになる方も大勢いらっしゃる。この火は迎え火であると同時に、お家に帰るみたま達に対する送り火でもあるような。

 今年は、若杉上人が大勢の檀家さんのお宅を棚経に回って下さいましたので、13日の夕方には珍しく住職が帰ってきていました。というわけで、迎え火を住職が焚いて下さったのです。お坊さんになってからお盆の迎え火を炊いたのは初めてかもしれませんね。

 私の実家は横浜の農家でしたので、お盆には昔から伝わったあれこれがありました。たとえば、13日には餅つきをしてあんころ餅を作る。14日は昼間ご先祖様たちはどこか(どこだ?)に出かけるのでお弁当を作る。そのお弁当とは小豆飯の丸いおにぎりと、柿の葉に味噌を塗ったものの上に焼き茄子をのせたもの。15日の昼には確か車麩と切昆布を煮たおかずがありました。うちではやっていませんでしたがすぐお隣のお宅では、15日の夜遅く、送り火を焚く前に胡瓜と茄子の牛馬にお茶の葉を半紙で包んでこよりで結んだものを振り分けにして背負わせる。

 地方により、お家により、お盆の迎え方は本当に様々です。ここ東京では先祖から伝わったやり方のおるお宅は皆無と言ってもよいでしょう。新しくお盆を迎えるお宅は、そのお宅流を新しく作っていけばよろしいのではないでしょうか。はるばる帰ってきて下さったみたまと心を通わせながら。

 

納骨堂の春慶寺/東京スカイツリー前  〒130-0002 東京都墨田区業平2-14-9

tel.03-3621-1338 mail : oshiage@syunkeiji.jp  http://www.syunkeiji.jp/